コンテニュー

一人のファイターの死をニュースで知り常日頃の思いが強調された


「いつ終わりのときがくるか分からない」

常にそう思えるようになったのは、確か20代後半、今からたった数年前のことです。

身内の不幸など 特に何があったという訳ではありませんが、その頃から何かが変わっていったのでしょうね。

きっと、毎日が充実していて、その時点での軌跡を自分自身で称賛できるようになったとき、終わりが来ることに寂しさはあるけれど、それはそれで一つ物語が完結しているという「店じまい」の覚悟を誰もが持つのでしょう。


そんな覚悟を持つことで、人生はネガティブではなく明るい方向に向くことが藤田調べでは分かっています。

それがチームとして共通認識を持てていたら、もっと温かい気持ちで接し合えることも理解しています。


自分のやるべきことはやったか?

アノ人から教わることは教わったか?


3~40代にもなれば親の死を受け入れる準備を人はいつだってしていなければなりません。

20代で成人式を迎え大人になった気でいる私たちですが、30代ではそのような悲しい場面に遭遇したときの心の教育を身に着けている必要もあります。

親から教わるというよりは、自分で もがき苦しみ、でも楽しさを見つけ、充実した日々の中に悟りが開ける気がします。


誰かに頼るのではなく、組織に、集団に、教団に、先祖に頼るのでもなく、自分で考えて自分だけの宗教を自分だけが信じていくものなのです。


KIDさんがギリギリまで発表しなかったのは、強さか、それとも・・・

きっと強さですよね。

「大丈夫?」って言ってもらいたい、なんて支えが無くても強い人は生きていけるのです。

私だったら、すぐ言っちゃうな。

心配してもらいたいもんな。

熱が出たら、おでこに手を当ててもらいたいもんな。


生き物の寿命は他と比べるものではなく、その人生を全うしたかが大切です。

「費用対効果」ならぬ「時間対充実度」が高い人生、そして去りぎわの潔さ。


平成の貴重な肉食系男子は確実に社会に爪痕を残しました。

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