KODAWARI

プライドとコダワリは、よく「有ったほうがいいのか 無いほうがいいのか」という議論に発展する代名詞で、早く結論付ければ「その場に応じて」という回答がもっともではないでしょうか。


かく言う私は全くと言っていいほど拘りを持たない質で、何がなんでもという選択を今までにしたことが、もしかしたらないのではないかと ふと先日 晩酌の際に気付いたわたし。


拘りを持たないと人はどうなるだろうか?


まず選択肢が増える。

そしてその選択肢の中からもっとも今の自分に適しているものを選ぶ。

もっとも適しているものが環境やタイミングや誰かの不都合で選べないとしても、違った選択肢を、あたかも自ら選んだかのような気持ちでストレートに受け入れる。

そこにストレスはない。


勝負事はどうだろう。

勝っても負けても良い。

負けても自分なりに勝っていると思い込めるような人生を歩めばいい。

勝ち負けの尺度を捨てればいい。

比べられない世界に飛び込めばいい。


物に対してはどうだろう。

価値に見合ったものでも、そうでなくても、自分を満足させるものであれば何でもいい。

「こういうのが良い」はあっても「これじゃなきゃ」というのはない。


人に対してはどうだろう。

「こういう人でなければ」はない・・・


拘りを持つことは ただの気質の1ページに過ぎず、それ自体が良いとも悪いとも評価できるものではありません。

ただ私の過去に「拘りを持ったほうが上手くいっていた事柄」というのがきっとあったはずですが、それは50パーセントを超えるようなものではないと思っています。


どうでしょう。

総評すると無いほうが上手くいくことのほうが多いのではないでしょうか?


色んな人の色んな好さをダイレクトに感じられる感受性も、拘りを持たないほうが素直に受け取れる気がしますね。



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